なくなってしまったインスタグラムに、こんなコラムを書いたことがありました。
実は夫から、「侑希は捨てれる人」だねと言われたことがあります。この捨てれるとは、手放すこと。というのも、本田宗一郎の言葉に「もったいないようだけど、捨てれる事が、一番巧妙な方法だね。捨てれることを惜しんでいるヤツは、いつまでたってもできないね」というのがあります。その言葉を見た時に、うちの嫁や!と思ったそうです(笑)
何が?と思ったので聞いてみたら、バレーの実績も英会話講師も他にももっとこれまでの人生で極めてきたものを捨てて新しい事をはじめたんやもんな~と返ってきました。
なるほどな!と思ったわけです。
今朝、お友達がこんなことを記していました。
始めるよりもはるかに難しいのが終わらせること。積み重ね続けると、鈍化していく。伊勢神宮の式年遷宮のように、朗らかに、軽快に、潔く!毎日が新しい1日、1日となるようなそんな2025年にしていきたい。
なるほどだ。
その言葉を見て、私は考えたんです。手放すってどういう事なんだろう…って。
手放すこと。
私だって、悲しくなったり時々寂しいと思うこともあります。実際に、大切にしてきたアカウントを手放すことを決めるのは寂しい気持ちになりました。でも、すがっていても仕方なくって、前に進むしかなくって、何より古きものを新しくするのは悪くない!むしろわくわくが勝つ!!そう思います。
手放すと聞くと、やっぱりイメージとしては寂しくなりますよね。
積み上げてきたものをひとつひとつ解放していくこと。それは、手放すことで誰かの手に渡って、もしかしたらその人によって磨きをかけてもらえるかもしれない期待もあるんです。
執着して独り占めするよりも、分け与えてみんなが豊かになる方がはるかに幸せだと思いませんか♡
2025年は「解放」。
私にとって手放すこと。そして解放すること。それは、持っているものをひとつひとつほどいていくことで自分に余白が生まれ、また磨きをかけて新しく生まれる!
私はそんな2025年にしていきたいと思います。